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中学受験 でること総研TOP > 今週の「でたことば」:「豊臣秀吉」 開成中学校(H20年入試)

今週の「でたことば」 中学受験で、こんな「ことば」も出ます。

第40回

「豊臣秀吉」

 

開成中学校(H20年入試)

(長文より)彼らは自分の領地を守るために武装し、ふだんから弓や乗馬を中心とした武芸を訓練しました。平安時代末期以後になると、(3)武士の中には、開発した大切な領地の地名を、自分の名字として名乗る場合が多くなりました。そして一族や家来を従えて、武士団とよばれるまとまりを持つようになりました。

問 下線部(3)について、このような地名にもとづく名字ではないものを、次のア〜エから1つ選び、記号で答えなさい。

ア 足利尊氏の「足利」
イ 武田信玄の「武田」
ウ 織田信長の「織田」
エ 豊臣秀吉の「豊臣」。



 平安時代におこった武士について述べた長文から、武士の名字に関する知識を問う問題。正解はエ。キーワードとして「豊臣秀吉」を取り上げた。
 ポプラディアネットによると、豊臣秀吉は、織田信長のあとを受けて天下統一をはたした安土桃山時代の武将。1585年に関白、1586年には太政大臣となって豊臣姓を名のった。



ポプラディアネットのおすすめ項目を引いて、豊臣秀吉との関連を押さえていきましょう。

(1)石田三成
安土桃山時代の武将で、少年の頃に豊臣秀吉の側近となり、秀吉の全国統一後は太閤検地の推進に力をそそいだ。徳川家康に関ヶ原の戦いをいどんでやぶれた。

(2)お市の方
織田信長の妹。近江国(現在の滋賀県)の浅井長政と結婚して3女をもうけた。

(3)小田原城
北条氏の関東支配の拠点となった城で、日本有数の名城といわれる。上杉謙信や武田信玄に攻められても落城しなかったが、1590年、豊臣秀吉がひきいる大軍に包囲され、ついに降伏した。

(4)聚楽第(じゅらくだい)
豊臣秀吉が京都に建てた屋敷。1587年に完成し、翌年には後陽成天皇を招待して力を誇示したが、1595年にすべて破壊した。

(5)太閤検地
豊臣秀吉が全国でおこなった検地。中世の荘園制度はこの検地によって完全に解体され、兵農分離が成立した。

(6)天正遣欧使節(てんしょうけんおうしせつ)
1582年、九州のキリシタン大名の大友、有馬、大村氏がヨーロッパに派遣した少年使節団。使節団はスペイン国王、ローマ教皇に謁見し、日本をヨーロッパに知らせる役割をはたした。

 本問では、名字が何からきているかについての知識を問う問題でした。この時代では、名字は苗字(みょうじ)を意味します。現代では姓と苗字は区別しませんが、この時代は姓と苗字は別のものでした。当時、武士のほとんどは源(みなもと)、平(たいら)のどちらかの姓を持っていました。そして彼らの普段の生活は、自分の土地を耕すことでした。一族が集まって土地を切りひらくと、あたり一帯みんな源さんのお宅ということとなり、結局「どこの源さんですか?」という確認が必要になってきました。

そこで、土地や土地にゆかりのある名前を苗字として姓と別に持ち、苗字で呼ぶ・呼ばれる方が分かりやすい、という流れができました。

日本地図を眺めてみましょう。人の名字としても使われている地名が驚くほどたくさんありますよ。

織田(おた)は福井県、武田は山梨県、足利は栃木県の地名です。豊臣は天皇から羽柴秀吉に与えられた姓です。苗字は生まれた土地の木下ですね。

(内冨)

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